流れていく日常、当たり前に来る朝。それはとても幸せなことで、「またね」の言葉はまた必ず会えるときしか使えないんだと知った。
この2ヶ月はずっと生きることについて考えていて、今の生活がどれほど自分にとって大切で、守りたいものなのかを再認識する日々。
夫と過ごした時間は36年の中のたった5年だけど、わたしにとっては絶対的な味方がいると思える奇跡のような時間だった。やさしくてあたたかくて、自分が自分でいることを許されるような時間だった。
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出張の多い夫を見送るとき、「気をつけてね」「またあとでね」と言うたびに、これが最後になったら…といつも思っていた。だから、どれだけ喧嘩をしていても、そうなっても後悔しないようにちゃんと顔を見て見送るようにしていた。
でも、夫がいない間に自分に何か起こったら、、本当にもう会えないかもしれない。そう思うと、涙がこぼれて仕方なかった。
心配をかけないように、しばらくはひとりで泣いていたけれど、このままひとりで抱え続けたら心が壊れてしまいそうだった。それに、心配かけまいとして心を閉ざすのは、これまでの2人の関係と反するような気がした。
いつだってできるだけ素直に気持ちを開け放してきたからこそ、こうして長く一緒にいられたんだから、本当に辛いときこそ頼らなくてどうするんだ、とも思った。
解決策のない、どうしようもないことだとわかっているけど、今は前向きになれないこと。いつかは前向きになるしかないとわかってるから、励ましてほしいわけじゃなく、今は寄り添ってほしいこと。
そんなまとまらない気持ちを打ち明けたとき、仕事で大変な中でも夫はやっぱり優しかった。あらためて、どんなときも向き合ってくれる人がいることのありがたさを感じた瞬間だった。
ちゃんと自分の気持ちを受け止めてくれる人がいる、それだけで光が差す。この人と一緒にいてよかったとあらためて思った。