この日常を失うかもしれない……。
いろいろなニュースを目にするたび、私がやろうとしていることなんて、なんの意味もないのかも……。そんなことを考えていたこの頃。
でも、まだ起こっていないことに一喜一憂して、目の前にある幸せを逃してはいけない。
やるべきことを見失ってはいけない。
ネガティブな方向にいこうと思えばいくらでもいけるからこそ、前向きにできることをやっていかなくちゃ。
そうして自分を立ち直らせ、毎日を大切に過ごそうと心を整えている。
昨夜は、怖いニュースを目にしすぎてしまって、不安でいっぱいになってしまった。
情報を得ることは大切だけど、心の状態を保てなくなっては仕方がない。
神棚に祀ってある、森戸神社のお札を見上げて、そろそろ行かなくちゃと思った。
息子の安産祈願やお宮参りでお世話になった神社だ。
さっそく、午前中から参拝に。清々しい空気と、穏やかな海が見られて、心までゆったりとした気持ちになれた。
私には信仰する特定の宗教もないし、とくに信心深いほうではなかったけれど、健康や災害など、自分が心を尽くしてもどうにもならないこともある。
それに、結婚して ”自分以外の幸せ” を願うようになってから、その大切さはより増していった気がする。
夫を長期の出張に送り出すときは、やっぱり不安になる。当時は1ヶ月以上家を空けるときも少なくなかったから、「無事に仕事を終えて帰って来られますように」と、毎日手を合わせている時期もあった。
妊娠中も、こっそり毎朝手を合わせていた。
自分でやれる限りは、体調も食事管理も、リスク管理も徹底した。それでも、やれることをやったら、信じること、願うことしかできないと思ったから。
昨日、不安な気持ちを抱えながら、思った。
もし結婚もしていなくてひとりだったら、こんなにも「今」に固執していないだろうと。
それだけ、今の状況が幸せだということ。
すくすくのびのびと成長する息子と、大切なことを一緒に考えられるパートナーがいること。
これだけは失いたくない、そう思えるものが日常にあること。
そのことを気づかせてもらえた。そう前向きにとらえて、今日も頑張ろうと思う。
もし同じようにいろいろなニュースや情報に心が苦しくなっている人がいたら、「きっと大丈夫」なんて、無責任なことは言えないけれど、守りたいものを守れるようにお互いにおだやかな気持ちで過ごせますように。そう願っています。