育児は、子どもと向き合うもの。
そして、自分と向き合うことでもあると思う。
わりとずっと内省をするタイプ。とくに20代は死ぬ気で自分と向き合った。自分を幸せにしてあげるために。
だから、自分の行動とそこに伴う感情や理由はだいたい言語化できる。
それでも、育児ではまた違った角度で内省が求められているように感じている。それだけ、人を育てるというのは大きなことなんだとも思った。
昔、母に言われた言葉でいまだに引っかかっている言葉がある。
小学校四年生で持病を理由に学校の体育やダンスにドクターストップがかかったとき、病室を出て私は泣き崩れた。
その私に、母がぴしゃりと言いい放ったのは、「つらいね……」とかの慰めでもなく、言葉をかけられずに抱きしめるでもなく、ただ一言「泣くな」だった。
その言葉の冷たさに、私の涙は止んだ。と同時に、この人の前で泣いてたまるか、と思った。
いとこが幼い頃からダンスや歌を習っていて、ミュージカルのアニーに出たり、小学生にして地域のマスコットアイドル的なものに抜擢されるくらいの「THE 才能のかたまり」だった。
歌やダンスに憧れがあったけれど、私の複雑な気持ちは爽快にスルーされ、よく発表会にも連れて行かれていた。
母の姉妹の中でも「結花は普通やからな」と、何もしていない段階から決めつけられていたし、それに母も同調するのが日常。そんな風に小4頃まで過ごしていた私に、公民館でジャズダンスレッスンをするという話が舞い込み、レッスンを受けられる機会が訪れた。
私はどんな場所だって嬉しかった。同級生や先輩と一緒に発表会にも一度だけ出た。ここから私の夢が始まるんだ……!と、希望を持ち始めた矢先のドクターストップ。
「やっと……やっと夢の一歩を踏み出せたのに……」
私の夢は、また心の奥底に鉛のように沈んでいった。
ずっと思っていた。母は、どうしてそんな言葉を私に投げかけたんだろう、と。
愛されてなかったんだろうな。
まあ、どうしようもないことで泣かれて嫌だったんだろうな。
というのが、20代の私の結論だった。
でも、きっと違う。
子どもにつらくあたってしまうのを改善したくて、あれこれ調べているとき、「泣かれたり言うことを聞かなかったときに怒ってしまうのは、自分が幼い頃に親に甘えられていなかったから」という情報を目にした。
それを見たとき、自分の言動がすごく腑に落ちた。
自分がしたかったこと(感情をむき出しにして甘えること)を、息子に全力でぶつけられて、本当は全力で応えてあげたいのに、拒否が先にきてしまった。
それは、自分が親に甘えてこられなかったから。
母も同じように、私に泣かれたとき、どうすればいいかわからなかったんだと思う。
母は幼い頃に母親を亡くしていて、姉妹も多く、おばあちゃんは仕事をしていたこともあって、亡くなる前も怒られた記憶しかないと言っていた。
きっと寂しかった日もあったと思う。甘えることなんてできなかったんだろう。
自分が家族をつくっても、実の親の影響は断ち切れないのか。こんなのただの負の連鎖だ。悔しい……。
だから、私は絶対に断ち切ると決めている。今すぐには変われなくても、少しずつでも、絶対に。
息子にこんなに寂しい気持ちは絶対に味わわせたくないから。