もう無理だ。
いよいよ、ダメだ。
なによりも大切な我が子を、人生でいちばん間違った方向で傷つけてしまいそうだ。浮かんではかき消す墨のような感情を、どうしたって消すことができない。
イライラするまでのスピードと、あたってしまう度合いがどんどん強くなっている。つらい……それに怖い……。
2週間ほど前。なんとかしなければと、藁にもすがる思いで、市の運営するホットラインにメッセージを送った。そのときは、話を聞いてもらて、寄り添ってもらえてとても救われた。だから、しばらくは気持ちを切り替えて頑張れた。
でも、一週間後に軽い息抜きのつもりで利用したとき。届いたメッセージを見て、心がボキっと折れてしまった。
-お母さんが必要であれば、児童相談所におつなぎすることもできますよ-
「児童相談所……?」
「私、そんなにやばいの……?」
「相談したら、息子と引き離されてしまうんじゃないか」
「また頼れる場所がなくなってしまった……」
いろんな感情がよぎる。
ホットラインでは継続しての相談が難しく、毎回一から話さなくてはいけないこと。状況を把握している人が相手のほうが安心して話せるだろう。
そういった配慮があっての提案だとわかっていても、知識がないからこそ、そのワードのインパクトに打ちのめされてしまった。そして、余計に自分の殻に閉じこもる。
「私だけがこんなに育児に向いてないんだろうか」
「そうじゃないのなら、世のお母さんはどうやって乗り越えてるんだろうか」
自分を安心させるためのアレコレを考えてみても、答えは見つからず、途方に暮れるだけだった。なんだかもう、疲れてしまった。
そのとき夫は出張中。あと数日は帰ってこられない。帰りを待つより早く、今の気持ちをLINEで送った。
もう限界なこと。自分で自分を制御できない瞬間があること。
映画やランチなどの気分転換を提案してくれたけれど、すでにあれこれ試した末の今。私は根本の問題に対する解決策と、状況への理解を求めていたけれど、いかんせん心に余裕がない。これ以上どう話していいかわからなかった。
結果的に、彼の提案を否定することになってしまった。もやもやを抱えたまま、また息子と向き合う。
もちろんかわいいと思う瞬間もあるし、愛おしいことに変わりはない。だけど、自分をほとんど構えていない中、息子ファーストの日常に疲れ果てていた。
児童相談所というワードを反芻しているとき、ある友人の顔が浮かんだ。彼女になら話せるかもしれない……。
久しぶりだから躊躇したけれど、話を聞いてほしいと連絡をした。快くすぐに電話できると返信をくれ、経緯を話す過程で、私は泣き崩れた。
-ああ、私はわかってほしかったんだ。大丈夫だよって寄り添ってほしかったんだ-
「そんなに子どもを思って泣けるってすごいことだよ」
「結花はよく頑張ってると思うよ」
「もっと自分のことも大切にしてあげて」
完璧主義で、自分に対して必要以上にストイックで、家庭や子どもに人一倍思いをもっていること。そんな私の性格を知ってくれているからこそわかること。
自分に余裕を持つために、離乳食はベビーフードと割り切ったり洗濯は乾燥機をフル活用したりしていた。それでも、いっぱいいっぱいになってしまったことを話すと、「そういうことじゃない(笑)」と、笑われた。
「もちろんそれも時間的な余裕にはなるけど、結花の場合はこころの余裕が必要だから。頑張りすぎる心をゆるめることが何より大切だから」と言われて、目から鱗が落ちた。
-努力の方向を間違えていたのか-
たしかに気持ちに余白はゼロだった。というか、何に対しても気持ちは120%稼働が日常だから気づかなかった。。
状況は理解できた。でも、ガチガチになった心はどうすれば緩められるんだろう……。
「私はすごく周りに助けてもらってきたよ。わからないことはわからないって教えてもらってきたし、できないことは無理だって諦めるのも大切だって思ってる」そんなことを、彼女は話してくれた。
若くして出産して、シングルマザーとして立派に子育てをする彼女を見てきたからこそ、余計に説得力があった。と同時に、そんな風に笑えるほどに、ひとりでいろんなことを乗り越えてきたんだろうとも思った。私が見えているものなんて、ほんの一部だろうから。
彼女のおかげで、自分でもわかっていなかったいろんな気持ちに気づけた。そんな理解者がいて、私は本当に幸せだ。もっと早く頼ればよかった。
彼女のおかげで、最終的に笑って電話を終われた。ひとりぼっちの虚無感から、少し救われた気がした。これまでの自分を、少し認めてあげられたような気もした。
そしてあらためて夫にLINEをした。
出張と聞くだけで心臓がばくばくしてしまうこと。
誰かがいてくれるだけで気持ちに余裕が出ること。
だから、無理のないときに義母に遊びに来てもらいたいこと。
多分、育児ノイローゼだから、きちんとカウンセリングを受けたいこと。
次の休みに、ひとりで映画を観に行かせてほしいこと。
家族のために仕事を頑張ってくれていて、彼もきっとこの状況を申し訳なく思っている。でも、決して夫が悪いわけではない。申し訳なくなんて思ってほしくない。
ただ、私ひとりで頑張り続けるのは限界があるから、もっと人に頼っていこうと思う。
ママになって一年生。知らなかった自分を知る日々。少しずつ、少しずつでもいい方向に進んでいきたいと願いながら、私は今日も息子を抱きしめる。