息子の風邪がひと段落したので、一時保育に送り届けて海の見えるカフェに。週に2日託児を利用するようになって、こういう時間がどれだけ自分にとって大切だったか痛感する。
もともと常に人といるのが苦手で、静かな場所が好き。「そんなんで結婚生活大丈夫か」と友達に言われていたけど、育児のほうが「そんなんで大丈夫か」だった。自宅保育がこんなにもハードモードだったなんて。
昔から子どもが大好きで、いくらでも一緒に遊びたいくらいだった。それなのに、育児をしているとこんなにもイライラしてしまう。一番優しくしたい息子に、誰よりも強くあたってしまう。
どうしてこんなにイライラしてしまうのか。
ひたすらに考えて気付いたのは、こういうことだった。
子どもと一緒にいるのを”義務”と考えていること
たしかに、自宅保育では常に子どもと一緒にいなくてはいけない。でも、私は子どもと過ごすのは嫌いじゃなかったはず。むしろ好きだった。
そのときとの違いはなんだろう、と考えたときに「楽しむことを忘れている」ことに気づいた。「かわいいなあ」と愛でるよりも前に、「今、大丈夫かどうか」を考えてしまう。
それは、自分との時間が、彼にとっての成長とイコールだから。
自分が楽しいかどうかよりも、彼にとって有意義であるように、将来大きくなったときに恥ずかしい思いをしないように、私のような子どもにならないように……。
そんなことばかり考えていたら、知らないうちに一緒にいる時間を純粋に楽しめなくなっていた。
でも、それってなんだろう。1歳の彼にとって、そんなに大切なことなんだろうか。
単純に、自分が楽しもうとすればいいだけのような気がしてきたた。それに、ママが笑顔でいることが、子どもにとっていいことだと知っていたはずなのに。
ああ、バカだなあ。。
今しかない息子との時間。もっと素直に、気楽に楽しめばいいのに。
自分の子=自分のもの、ではないのに
これまで、できるだけ感情をコントロールして生きてきた。
友人にも取り乱した姿を見せることはほとんどなかったし、見せたとしても本当に気心の知れた人にだけ。親にも、妹にも感情をむき出しにしたことはほとんどない。
それなのに息子にはこんなに強くあたってしまうのは、無意識に息子=自分のもの、と考えているのかもしれない。と、思った。
その心理に気づいたとき、深く反省した。
自分の子だとしても、心の中でそのラインをきちんと持っていなくちゃいけない。簡単に飛び越えていいものじゃない。
「わかってくれるだろう」「小さいからわからないだろう」そう考えているわけではないけれど、結果的にはそういうことになってしまっている。
本当に大切にしたいなら、彼を人として尊重して、自分とは別の存在として接すること。決して所有物ではないことをきちんと自覚しなくてはいけない、と思った。
どれもこれも、文字にすると至極当然のことだ。
それなのに、常に一緒にいて何かを求められ、自分を省みる時間もなく何日も何週間も過ごしていると、こんな単純なこともわからなくなるくらい余裕がなくなる。
素朴な疑問。育児ってなんでこんな大変なんだろう。と、アホみたいに思ってしまうくらいに、心身が疲れてしまっている。
でも、こうして自分を省みる時間を持てることで、笑顔でお迎えにいける。素直に、早く息子に会いたいと思える。だから、やっぱりママにだってひとりの時間は必要だ。
私もやっとこんな風に育児から離れる時間を持てるようになったけど、ずっとひとりで頑張ってる人もいるだろうな……。本当におつかれさまです。
こうしてぐるぐると思考を巡らせて、文字にすることで、同じように悩んでいる人の役に立てたらいいなあ。そして、励まし合いながら、一緒にがんばれたらいいな。
そんな場所をつくりたい。
無理をせず、心の余白を持てるように。