最近はこのブログも育児が軸になっているけれど、たまには違う角度のお話も。
妊娠・出産を経て、子育てを通して、人付き合いに対してもガラリと考え方が変わりました。
昔から広く浅くが苦手で、狭く深くの付き合いが基本。だから、だいたい会うメンバーは同じで、その頻度に違いがあるという感じでした。
でも、妊娠中に命の危険があることを病院で告げられたとき、自分の中で人との距離感が大きく変わっていくのを感じました。
もともと持病を考えれば妊娠・出産が容易ではないことはわかっていたから、妊娠したことを知らせた人は本当に身近な人だけ。
いい言葉も悪い言葉も、すべて斜めに受け取ってしまいそうなくらい精神的に参っていたのもあって、よく会っていたのは友人二人だけでした。
昔から、何に対しても「考えすぎ」と言われていたし、今もその節は変わらずあって。でも、私にとっては必要なことだったり、自分がそうしたくてしていることだったりするから、より一層、私の性格をわかってくれる人としか会えないと感じていました。
自分が生きやすいように、生きたいように自分の畑を耕す。
自分の中で大切にしているその場所に、思ってもいないタイミングで違う形の言葉が放り込まれるとすごく動揺してしまうし、土足で踏み込まれたような気持ちになることもある。
おまけにその考えを否定されたら、自分が無駄なことをしているような気持ちになってしまう。
それもこれも、感覚の違う人からしたら「考えすぎ」なことかもしれないけれど、それが私の性格だと今は思っている。
そんな風に自分の中で割り切れたことが、人との距離感を変える大きな理由だった。
高校を卒業して上京してから、”成長するために視野を広げなくては”、と人間関係の間口を広げてきた。地元にいるときは、基本的にシャットアウトしていたから、随分と極端な変化だったと思う。
そこから20年、また少し狭くして見たり、また広くしてみたり、形を変えてみたり。自分なりに試行錯誤した結果、その答えが妊娠・出産を経て出せた気がしている。
これは、自分と違う人を否定したいんじゃなく、ただ自分の感覚や言葉、想いを大切にしたいということ。
人間関係でその軸が危うくなるのは、自分が弱いせいだと思っていたけど、私はどうやらそういう人間なんだろう。それに、仮に弱くたって、別にいいやとも思っている。
全員からの賛同を得られなくても、一人でも自分を理解してくれる人いればいい、と思えたから。
支持してもらわなくても、「私はわたしだ」と思えるようになったから。
極論、「ひとりになってもいい」と思えるくらい、今は晴れ晴れとした気持ちで、私は私の人生を見つめている。
だって、これは私の人生だから。好きに生きないとね。
もちろん、「その考え方いいね」って思ってくれる人がいたら、それはとても嬉しいことだけど。